大判例

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岡山地方裁判所 昭和43年(ワ)370号 判決

原告 和田良一

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 近藤昭

被告 大成建設株式会社

右代表者代表取締役 本間嘉平

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 小倉金吾

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者らの求める裁判

一  原告ら

被告両名はいずれも各原告に対し、四五一万九八七三円およびこれに対する昭和四一年一〇月六日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに第一項につき仮執行宣言。

二  被告ら

主文同旨の判決ならびに仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  原告ら

(一)  原告和田良一は訴外亡和田宙司(以下、単に、宙司という。)の父、原告和田愛子は同訴外人の母である。

(二)  被告大成建設株式会社(以下、単に、大成建設という。)は、建設省より岡山市沖元地先の百間川改修工事を請負い、被告赤堀工業株式会社(以下、単に、赤堀工業という。)は、右大成建設より右工事の一部を更に請負っていたが、訴外宙司は、この赤堀工業に大型自動車運転手として雇われていた。

(三)  そして右宙司は、昭和四一年一〇月四日午前九時五〇分ごろ、右工事現場付近の土砂集積場において、土砂を運んできたダンプカーの通路をあけるためブルトーザーを運転中、ブルトーザーもろとも数メートル下方に転落し、よって同月六日死亡するにいたった。

(四)  本件事故の発生は、赤堀工業が次のような尽すべき注意義務を怠った結果によるものである。

すなわち、本件事故現場である前記集積場は、赤堀工業が右下請工事作業として土砂を外部から運んで来た際、大成建設の作業現場の関係上、その手前で土砂を小型ダンプカーに積み替えることを要したため、付近の道路と川岸との高低を利用して土砂の積替場を作り、高い道路から土砂をおろして一担山積みし、低い川岸から小型ダンプカーで大成建設の作業現場へ土砂を運び出すという仕組みになっていたのであるが、そのため、その側面は高さ数メートルの土砂の絶壁状態を形成しており、該集積場の上部で土砂を降し、あるいは土砂をならすダンプカーやブルトーザーは、土砂が軟弱なため転落する危険があった。しかるに、

1 宙司は大型自動車の運転資格を有していたけれども、ブルトーザーのような特殊自動車の運転資格を有せず、したがってその技能程度は未熟で、本件事故現場のような危険な場所でこれにブルトーザーの運転をまかせれば、第三者あるいは自己自身の生命身体を損うおそれがあるから、使用者たる赤堀工業としては、右宙司にブルトーザーの運転を命じてはならず、また宙司が運転しようとしてもこれを制止すべき注意義務を負っていると言うべきところ、これを怠り、本件事故以前から同人にブルトーザーの運転をさせていた。

2 本件土砂集積場は、前述のような危険な作業場であるから、かかる場所で作業しようとする赤堀工業は、該集積土砂に適当な階段をつけるとか、なだらかな勾配を保持するよう配慮して作業者の安全を保ち、事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負っていると言うべきところ、これを怠り、前記危険な状態のまま放置して作業を続行させていた。

(五)  大成建設は、右赤堀工業の下請作業につき指図をしていたものであって、本件土砂集積場の危険な状況からすれば、赤堀工業をして前叙の注意義務を怠ることのなきよう指図すべき注意義務を負っていたのに、これを怠って本件事故発生の結果をまねいたものである。

(六)  また、本件土砂集積場は、道路に接着しそれ自体出入りする車両の通路としての役割を果たしているから、土地の工作物であるというべきところ、右集積場には、前記のような崩壊しやすい危険があり、工作物の設置ないし保存上の瑕疵があったと言うべきであって、この瑕疵に起因して本件事故が発生したものである。

大成建設は、右集積場において、赤堀工業の車両により運びこまれる土砂を検尺したうえ、収納することによって、これを占有支配ないし所有するにいたるのであるから、その集積たる右土地工作物の占有者ないし所有者にほかならない。

仮にそうでないとすれば、赤堀工業が右土地工作物の占有者ないし所有者であるということになる。

(七)  本件事故によって原告らの蒙った損害は次のとおりである。

1 亡宙司の逸失利益 八二〇万四九四七円

宙司は本件事故当時二二才八ヶ月余であり、少なくともその後四〇年間は就労可能であったところ、事故当時一ヶ月平均四万一五九二円の給料の支給を受け、そのうち一万円が生活費であるから、宙司が得べかりし利益の総額からホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除した八二〇万四九四七円(三万一五九二円×一二×二一・六四三)が、死亡当日現在の宙司の得べかりし利益額である。

2 慰謝料 各七〇万円

原告両名は、思わぬ事故により最愛の子供を失い、また、被告らは葬儀をした以外に何ら誠意ある態度を示さなかったため、著しい精神的苦痛を感じており、これを慰謝するに金銭をもってするとすれば、七〇万円宛が相当である。

(八)  以上により、原告両名は、いずれも各被告に対し、宙司の共同相続人として法定相続分にしたがい相続した前記逸失利益額の賠償債権二分の一宛および前記慰謝料額合計四八〇万二四七三円のうち、労災遺族保障一時金として支払を受けた部分を除く四五一万九八七三円およびこれに対する右損害発生の当日たる昭和四一年一〇月六日から支払済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二、被告ら

(一)  原告主張の(一)、(三)の事実は認め、(四)、(五)、(六)、(七)の事実は否認する。

被告らは、宙司にブルトーザーの運転をさせたことはない。むしろ禁じていた。

(二)  同(二)の事実中、赤堀工業が大成建設より百間川改修工事を請負っていたという点を否認し、その余の事実は認める。

赤堀工業は、大成建設に対し、改修工事に必要な土砂(真砂土)を販売し、工事現場まで運んでいたにすぎない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  亡和田宙司が赤堀工業に大型自動車運転手として雇われていたこと、原告主張の日時場所でその主張の本件事故が発生し、宙司が死亡したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、赤堀工業の過失責任の有無について検討する。

≪証拠省略≫によると、本件事故現場は原告主張のような土砂の集積場であり、そのため、土砂をおろす上部においては地盤が軟弱なため端のほうによると土砂が崩れて転落しやすく、しかも下方までは約四メートル近い絶壁状態になっているので、上部において車両を運転するには注意を要する場所であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで≪証拠省略≫によると、宙司はブルトーザーなどの特殊自動車の運転資格を有していなかったが、以前からブルトーザーの運転技術を身につけており、その技術もかなりの程度のもので、時折赤堀工業においてブルトーザーの運転をまかされていたものであって、本件事故も、宙司が土砂を運んできたダンプカーに通路をあけるため、ブルトーザーを運転した際に発生したが、それは宙司が本件土砂集積場の端のほうの軟弱な部分によったことによって、その部分が崩れたために生じたものであることを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

以上の各認定事実と弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故現場は道路交通法の適用をうける道路ではないから、宙司が運転資格を有していなくても、かなりな運転技術をもっている以上、たとえこれに時折赤堀工業がブルトーザーの運転をまかせたからといって、それだけで赤堀工業にそうしてはならない注意義務があったとは認めがたいし、また、本件事故現場たる土砂集積場のもつ危険性も、それはたえず運びこまれる土砂と、運び去る土砂との相関関係において状況が必然的に変動することに内在するもので、これに原告ら主張のような適当な階段をつけたり、なだらかな勾配を保持するような配慮をほどこす等少なくとも一定期間継続すべき固定的な危険防止策を講ずることを要求することは困難であるばかりでなく、その危険性は、通常人ならば誰しもたやすく知り、かつ、これを避けうるものであるから、以上の点を彼此勘案すれば、本件事故は赤堀工業が原告主張のような危険防止策を講ずべき注意義務を負い、それを怠った故に発生したとなすべきではなく、むしろ宙司自身がブルトーザーの運転にあたって、自らの安全を守る配慮を怠り、軽卒であったことに起因して発生したと言わざるを得ない。

しからば、本件事故による損害につき赤堀工業に責めを負わすことはできないものである。

三  次に、大成建設の過失責任の有無について検討する。

≪証拠省略≫によると、大成建設は原告ら主張の請負工事作業をするため、赤堀工業から所要の土砂を購入していたにすぎず、本件事故現場は赤堀工業が土砂を積み替えるために集積していた集積場であることが認められる。もっとも右証拠によれば、該集積場において、大成建設の従業員が運びこまれた土砂の量を検尺していた事実を認めることができるけれども、このことは右認定に牴触するものでないし、その他右認定に反する証拠はないから、大成建設に原告ら主張の過失責任を問うことはできない。

四  原告らは、本件土砂の集積場が民法第七一七条第一項所定の土地の工作物に該当すると主張するので、この点について検討してみると、本件土砂の集積場は、さきに認定したように、土砂を大成建設の作業現場に運搬する途中において、運搬の都合上、暫定的に積み替えのため山積みにしたものにすぎないのであって、その集積された状態は、成程土地に接着して人工的につくられたものではあるが、それは運転作業の進展にともなって、たえず増減変動し、それ自体存在の目的を有せず、かつ、その営む機能や効用の点からも到底土地の工作物と目すべきものとは言えない。

したがって、本件土砂集積場をもって土地の工作物であるということを前提とする原告らの主張は爾余の判断をもちいるまでもなく失当である。

五  以上の次第で、原告らの被告らに対する本訴請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 裾分一立 裁判官 米沢敏雄 近藤正昭)

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